スポンサーサイト

------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

◎2011年おすすめ本=傑作ノンフィクション・ベスト10

20111230

2011-10-1.jpg
2011年は、なんといっても3月11日の福島原発事故であり、東北を襲った地震、津波災害の発生した年であった。そしてその時菅直人という歴代もっとも無能な首相だったという不幸な年だった。
原発本、震災本、津波本はあまた刊行された。今後も続くだろう。とりあえず地元本として『河北新報のいちばん長い日──震災下の地元紙』を掲げた。


河北新報のいちばん長い日──震災下の地元紙 │河北新報社
新聞に写真が載れば自衛隊や警察の目に留まり、速やかな救出活動につながるのではないか、そうすれば間接的にも人命救助に貢献したことになる……、そんな思いで自分の気持ちを割り切っていたのだが、現実は遥かに厳しいものだった。



 一般市民が参加する裁判員制度は2009年に始まったが、2010年11月、初の死刑判決が出た。
『裁かれた命──死刑囚から届いた手紙』は、半世紀も前の強盗殺人事件で逮捕された死刑囚の残されていた手紙から人が人を裁くことの意味を問う。死刑囚となった若い男。その家族、父、母、弟……。死刑制度を問うとともに、昭和という時代を生きた一つ家族のそれぞれの人生が胸を打つ。
同じ著者の『死刑の基準──「永山裁判」が遺したもの』(2009)。これも半世紀前の永山則夫の連続射殺魔事件を扱ったものだが、検事、弁護士よりも裁判官に焦点を当てた傑作である。



裁かれた命──死刑囚から届いた手紙│堀川惠子
彼らは法律家としての理性で死刑判決を導く。だがひとりの人間に立ちかえったとき、消し去ることの出来ないその重みを生涯、背負い続けていくのだろう。そして今まさに、その重みを市民が背負う時代がやってきている。




『秋葉原事件──加藤智大の軌跡』は、2008年の秋葉原通り魔事件を扱ったもの。加害者を「絶対に許せない」立場の読者であっても、読み進めるうちにだんだん切なく辛く息苦しくなってくる。それにしても1997年の神戸連続児童殺傷事件の犯人と同年齢であり、その母親との係わりがなんと酷似していることか。


秋葉原事件──加藤智大の軌跡│中島岳志
「生きていれば辛いこともあるが、楽しいことは必ずある。君はがんばりすぎだから、肩の力を抜いたほうがいい」
と語った警官に、加藤は涙を流した。




 2010年9月に尖閣諸島中国漁船衝突事件が起こり、あわせて海上保安官による映像流出も事件となった。
 『本音で語る沖縄史』は「被害者史観」ではない沖縄をあらためて知るための戦前までの物語的沖縄史である。


◎本音で語る沖縄史│仲村清司
「日本国民が清国の領土内で殺害された」として、厳重な抗議を申し入れた。〔…〕すると、清国は非を認めないどころか、「琉球人を殺害した台湾は我が国の政令の及ばない化外の土地である」と。



 なお、メディアで不確かな情報が氾濫するなか、この種のすぐれた啓蒙書、入門書はもっと評価されていい。
テーマはまったく違うが、たとえば山本淳子『私が源氏物語を書いたわけ──紫式部ひとり語り』(2011)、山口仲美『日本語の古典』(2011)など。

2011-10-2.jpg

つぎに作家を扱った本3冊。『わたしの開高健』は編集者として、師と畏敬する作家・開高健への愛惜極まりないオマージュである。なんだか切なくなる本である。「自分が情念をついやした女が死んだという、それだけのことでのけぞってしまう、はかないひとりの男にすぎなかった」と開高健が述懐する“女”については、水口義朗『記憶に残る作家二十五人の素顔』(2010)に詳しく書かれている。


わたしの開高健│細川布久子
それは「男の哀しさ」がたえずほころびでた対談だった。
誌上に載せることができたのはわずか半分。ほとんどオフレコだった。



 
『表裏井上ひさし協奏曲』は、妻であり、マネージャー兼プロデューサーであった著者と作家との出会いから離婚までの日々を綴ったもので、「流行作家の家」を垣間見せてくれる。暴露本ではない。しかしこの作家が田舎者のコンプレックスの塊りであり、成り上がりものの不遜さをみごとにとらえた作品である。大出版社の重役が著者を料亭に呼び出し、離婚するなと“静かに恫喝”する場面は、昭和文壇史に残るだろう。


表裏井上ひさし協奏曲│西舘好子
井上番と呼ばれる編集者の中には、「喧嘩が始まったのでもうすぐ原稿ができますね」と言う人もいたし、中には済まなそうに私に手を合わせ、「奥さん、申し訳ありません。もう今夜いただかないとアウトなのです。どうかお願いですから、二、三発殴られてもらえませんか」と深々と頭を下げる人までいた。




本書『鴎外の恋人──120年後の真実』と同時にNHKハイビジョン特集でそのドキュメントが放送された。120年前の雰囲気を伝える美しい映像だった。本書は活字版として映像との住み分けをし鴎外の漢詩などを多く引用しながら、鴎外の恋を追う。それにしても時間と金のかかるノンフィクションは、NHK番組とのセットでしか書かれなくなって久しい。


鴎外の恋人──120年後の真実│今野勉
「父は長い間杏奴(アンヌ)と云ふ名前にするつもりで楽しみにしてゐて、私が生れると母の反対を恐れ、一人でこっそり区役所へ行って届出をしてしまったと云ふから、余程好きな名前であったに違ひない」



 このほか人物を扱った本として、小倉孝保『大森実伝──アメリカと闘った男』があり、これを機会に大森実の著作を多く読んだが、長年探していた大森実『虫よ、釘よ、中島よ』(1975)にめぐり会えた。名作映画「キリング・フィールド」の舞台であるカンボジアで死んだ愛弟子である熱きジャーナリストへの涙あふるる鎮魂の書である。

2011-10-3.jpg


『コンニャク屋漂流記』。著者の先祖は江戸時代、紀州から房総半島へ渡った漁師、屋号は「コンニャク屋」。そのルーツ探しの記録なのだが、前半は親戚を訪ねまわるだけなのだが、
圧巻は紀州において、著者が“中国遊子”の経験を発揮するところ。さすがは『転がる香港に苔は生えない』の面目躍如。


コンニャク屋漂流記│星野博美
祖父の存在が家から消えると同時に、それまでわが家に満ちていた漁師的空気が消えた。人が消えると、その人が持っていた記憶も消えてゆく。




『空白の五マイル』。チベットのツアンポー峡谷の未探検地である空白の五マイルを踏査することに成功した記録。以前に同じ峡谷に挑んだ探険家たちの記録をはさみながら、スリリングな身も心も凍る探検行で感動を呼ぶ。
同じ著者に『雪男は向こうからやって来た』(2011)がある。


空白の五マイル――チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む|角幡唯介
死ぬような思いをしなかった冒険は面白くないし、死ぬかもしれないと思わない冒険に意味はない。過剰なリスクを抱え込んだ瞬間を忘れられず、冒険者はたびたび厳しい自然に向かう。



本書『炭鉱に生きる──地の底の人生記録』は1967年10月初版のもの。山本作兵衛は明治25(1892)年生まれ。7歳のころから坑内に入り、筑豊のヤマに生き抜いてきた。記録を孫たちに残すため絵筆をにぎった。その絵が、2011年5月、ユネスコ「世界記憶遺産」として登録された。それを機に復刊。本書は約150点の図版を収録したもの。


炭鉱に生きる──地の底の人生記録│山本作兵衛
炭鉱よりもおくれて死ぬる人間が、炭鉱よりもおくれて生まれてくる人間たちに残す、かき置きということであろう。〔…〕しかしその背後には、それをかき残さずには死んでも死にきれないほどの怨念の世界のあることを、見落とすことはできない。


以上、順不同の2011年ノンフィクションおすすめベスト10である。ほかに手元には未読のノンフィクション数冊があるが、新年の楽しみに。
なお、本年は遅ればせながら北方謙三『水滸伝』全19巻(2000~2005)を満喫した。続編『楊令伝』も文庫化が完了すれば読みたい。なにしろ寝転がって読むには文庫に限る。

★★★おすすめ 傑作ノンフィクション 100選 <1960~2010>★★★
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント
プロフィール

koberandom

Author:koberandom
平成引用句辞典FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
平成引用句辞典2011.10.19~
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR

Pagetop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。