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阿久悠▼無冠の父

20120210

2012.02.10無冠の父


「隆志の遺品です。出征の前の前の晩ですやろか、お父さんに絶対見つからんように預っといてくれと、云われたもんです」〔…〕 

風呂敷包みの中味は、表が高峰三枝子の「湖畔の宿」、裏が伊藤久男の「高原の旅愁」というレコードと、セーラー服にモンペ姿の女学生と並んで撮った写真が、二枚入っていた。写真には何の書き込みもない、どういう人やろね、と母が呟いた。〔…〕

父は、視線を外し、どうでもええもん、大事そうにしおって、と云った。
「お父さんは、どう思うてたか知りませんが、これが、隆志のいちばん大切なものだったんです。そう思うと、不憫で、泣けて、泣けて」〔…〕


「お父さんにとって、泣くのは恥ですから。ねえ、泣きましょう。

巡査やのうて、父親として、泣きましょう。誰がそれ見て笑うものですか」



▼無冠の父│阿久悠│岩波書店│ISBN:9784000022262│2011年10月│評価=おすすめ

〈キャッチコピー〉
「私の父の深沢武吉は、生涯巡査であった」。戦中から昭和30年頃までの淡路島。小さな駐在所に暮らす、ある一家の悲喜こもごも。――自身の父親と家族をモデルに阿久悠が遺した珠玉の物語は、父親とは何か、時代の激変のなかの家族のつながり、人間としての矜持、生きることの諦観と希望とは何かを問いかけてやまない。

〈ノート〉
阿久悠は2007年に亡くなったが、2011年に自宅で未刊行の原稿が見つかった。1993年に書かれたものだが、編集者に改稿を求められ、返却させたもの。それが本書である。

淡路島で駐在所勤務の一巡査であった父をモデルにしたものだが、明治生まれの堅物の男がいかにして終戦を迎えたかが物語のピークである。8月15日夜、まわりが腹を切るのではないかと心配するなか、父はとつぜん俳句をつくろうと言い出す。「松虫の 腹切れと鳴く声にくし」「この子らの案内(あない)頼むぞ 夏蛍」、これが父の句である。
翌年、サーベルが警棒になる。サーベルは精神の拠り所のようなものだが、警棒は武器であり、撲る道具である、と父は憮然とする。「これで、撲れちゆうんか」。

登場人物は個性あふれ、挿話に事欠かない。とりわけ元同僚の鶴田、九州の叔父、隣家の主婦、もちろん父武吉、母きく乃、兄姉妹……。
久世光彦が健在であれが、当然のごとくドラマ化しただろう。黒柳徹子のナレーションに、田中裕子、小林薫、加藤治子……。そういえば久世は「戦争に敗れ、世の中がどう変わったのかうまく納得できないまま亡くなった父」を書くために実父の資料を集めていたという(久世朋子『テコちゃんの時間──久世光彦との日々』)。

武骨で不器用な父を思いだしながら、この埋もれていた傑作を読んだ。

〈キーワード〉
遺品 恥 終戦
〈リンク〉
阿久悠■生きっぱなしの記

重松清★星をつくった男――阿久悠と、その時代

篠田正浩/斎藤慎爾:責任編集■ 阿久悠のいた時代――戦後歌謡曲史


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